お店の由来

今から、5000年前に、多くの国々で、すでに黍や稗、大麦の栽培が行われていました。特にエジプトでは、パンはあらゆる食物の中でも特に大切なものとされ、神から直接与えられたものとされていました。エジプトのパンは、主に大麦と小麦で作られました。そしてエジプトの人々は、飢饉を防ぐために多くの貯蔵庫を建てました。カナンの地からエジプトに連れてこられ、そこで重用されたヨセフは、36の大きな貯蔵庫を建てました。やがて7年間も続く飢饉がおとずれたとき、そのおかげで国民は飢餓を耐え抜くことができたのです。18世紀頃からドイツでは、粉を混ぜ、こねる機械が使われ始めました。しかし当時のパンはまだ固いパンでした。柔らかい、ふっくらしたパンは、150年前から作られるようになりました。

4000年前に作られたパンは、ロンドンの大英博物館で見ることができます。エジプト人は、大量の大麦と小麦を作り、輸出をしました。ギリシャに輸出された麦は、ギリシャ人によってさらによいパンになり、彼らはパンを作る専門家と呼ばれました。ギリシャはローマ帝国によって征服されました。ローマ人は、ギリシャのパンをたいへん好み、自分たちでも作るようになりました。

紀元前3000年頃にエジプトで”ファイヤーフック”と呼ばれたパン職人がいました。その印は、矢のように鋭く書かれた形で、その矢みたいなものが、オーブンの中のパンを引き出す役目をしました。

紀元前2000年頃のメソポタミヤ、すなわちあの有名なアブラハムの地では、パン職人は神様からの贈り物と言われていました。イエス様がお生まれになったベツレヘムの意味は、パンの家であり、既に59種類のパンが開発されていました。

紀元前100年、ローマ市だけで258のパン屋があったそうです。ローマは多くの国々を征服しましたが、それらの国々のパンはよくなかったので、パンをイタリーから送らせました。当時のゲルマニア、つまりドイツのパンも、まだ全然おいしいものではありませんでした。やがて修道院でおいしいパンが作られるようになり、ライ麦の使用も始まって、ドイツのパンは国民の主食になりました。

イエス様ご誕生後、すなわち西暦300年のローマでは、254種類のパンが開発され、政府がすべてを管理して、15万人のローマ市民の食欲を満たしていました。

ドイツパンの歴史は西暦600年頃から始まりました。今日ドイツでは主要なパンの種類は200以上あり、それ以外の小型のパンは1200種類を数えています。ドイツのパンは、おいしいだけでなく、健康によいことで定評があります。